仕事はお金じゃない。役割だったはず

「仕事」とは「役割」だと思う

原始時代や縄文時代の人間の群れを想像すると、「じゃあオレは動物をとってこよう」「私は栗を拾うわ」とか、自然に自分にできること、他の人よりうまくできるような自分の特性を活かした役割をしていたんじゃないかなと思うんだ。

「その仕事オレがします」と言って「OK。お前に任せた」とみんなに認められて、仕事が成り立つ。会社で働くにしろ、自営業にしろ、この構図は変わらないんじゃないかな。会社に認められるか、社会に認められるかの違いなだけだ。

いくら「オレが」「オレが」と立候補しても、「君には、、、ちょっと任せられない」ってなったら、「仕事」は成り立たない。

社会と個人の接点が「仕事」

例えば、お金をたくさん持っていたら、何もしないで暮らしていける。仕事をしなくていい。

昔住んでいたアパートの隣に大家さんの息子さんが一軒家で一人暮らしていた。息子さんといってもおじさんだが、会社勤めではなく、家で仕事をしている様子もなく、玄関先で会った時もあいさつもなく、人との接触を避けているようだった。
この人は社会との接点が少ない。

その一方、近所に住むYさんは定年退職しているが、朝は通学路に立ち、信号のない横断歩道で子供たちが道を渡れるように交通整理をしている。昼は公民館で地域の行事や教室を仕切っている。祭の時はこの人なしではありえない。お金にはならいないけど、そういう事が好きだから、めちゃめちゃ仕事をしている。
この人は社会との接点だらけだ。

自分を含むみんなのためにやる役割が「仕事」なんじゃないか。

「仕事」イコール「お金」ではない

仕事とはなんだろうと、考え出すと、「仕事」イコール「お金」って思いがちなんだけど、Yさんのことを思うと仕事とは、お金ではないとわかる。

お金をもらわない仕事をボランティアという。お金儲けを目的としない組織をNPO法人という。どちらも「仕事」だ。

時代をさかのぼると「お金」が誕生したのは、人が「仕事」をしだしたずっと後のことだ。人間が群れをなして、役割の「仕事」をはじめたのは「お金」のためではなく、みんなで生きるためだ。

やっぱり「仕事」とはみんなで生きていくためにするものじゃないでしょうか。

いちおうこのブログはぼくが体験したことや発見したことを提供して、みんなでおいしいコーヒーを飲もうよってコンセプトなんだけどね。いいかげん「オレだけが儲ければいい」みたいな金が金を生む金融資本主義的なもんや、戦争を起こして儲けるみたいな軍事産業が通用しない世の中にならないもんかね。

今日も寄っていただきありがとうございます。

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