銀座カフェーパウリスタの歴史と森のコーヒーのうまさの秘密

今日はカフェーパウリスタの歴史とおいしさの秘訣にせまってみたいと思います。

ひろ

衝撃的なおいしさのカフェーパウリスタ「森のコーヒー」とはなにか

ビター

おいしさには理由があるんだね

銀座カフェーパウリスタとは

銀座カフェーパウリスタは現在営業する日本のカフェのなかで最も古いお店です。

【パウリスタ】とはブラジルの都市サンパウロの「サンパウロ人」「サンパウロ生まれの」という意味。ニューヨーカーみたいなことかな。

カフェーパリウスタは日本のコーヒーの歴史時代は明治までさかのぼります。当時、世界のコーヒー生産量の50%以上を占めていたブラジル。奴隷解放によって農園の働き手を失っていました。日本では人口増加による食糧不足と日露戦争の帰還兵の失業者問題が深刻化していました。

そこで「ブラジル移民」を計画したのが、水野龍という人物。大勢の日本人を率いてブラジルへと渡りました。

しかしこの移民事業は大きな赤字となりました。そこで損を埋められるようブラジル政府から提供されたのがコーヒー豆でした。
コーヒーはブラジルに渡った日本人移民の努力の結晶。これを日本に広めるため、大隈重信らの助けを借り明治43年合資会社を設立。
当時の日本人の味覚ではコーヒーは受け入れられず、模索した水野は西洋で「カフェー」という場所でコーヒーを飲んでいること知り、フランスのパリにある「カフェー・プロコプ」に視察に行きました。

老若男女がテーブルをはさみ、正装した給仕が運んできたコーヒーを飲みながら楽しそうに会話を交わす光景を目の当たりにします。

「これがカフェーか!これを日本に作ろう!」と帰国した水野は、東京銀座に「カフェーパウリスタ」を明治44年にオープンさせました。

ブラジル政府から3年間無料でコーヒー豆を提供されていたので、コーヒー1杯5銭で提供。(現在で900円ぐらい)「5銭出せば誰でも豪華で文化的な雰囲気に浸りながら西洋のハイカラな飲み物が飲める」と、評判になり、文化人や新聞記者のたまり場となりました。

銀座にブラジルコーヒーを飲みに行く「銀ブラ」という言葉まで生まれました。

芥川龍之介、谷崎潤一郎、与謝野晶子、高村光太郎、森鴎外、文学以外にも、アインシュタインやジョンレノンなど、多くの文化人が訪れたそうです。

森のコーヒーとは

「森のコーヒー」とは農薬不使用のコーヒー豆を使ったカフェーパウリスタの看板商品です。

一般的にブラジルのコーヒーといえば大規模農園のコーヒーになります。大規模農園は熱帯雨林を伐採し、コーヒー樹木だけを植える。もともと直射日光に弱いコーヒーノキは病虫害にかかりやすくなるため、農薬や化学肥料を使います。さらに収穫量を増やすために生産を機械化しています。
そんなブラジルで農薬不使用の農園があります「サント・アントニオ農園」農園主ジョン・ネットさんは1980年代から有機・無農薬栽培のコーヒーを作っています。農薬はおろか肥料さえ一切使わないジャングルのような森のなかでコーヒーを育てている。
この農園内で牛や馬、豚も育てられていて、家畜が雑草を食べてくれ、害虫は天敵に食べられて、自然の生態系が調和している。

ジョン・ネットさん曰く「奇跡を行うのは、土だよ。植物の食べものは、良い土だ」

自然農法でコーヒーを栽培しているこの生産者との出会いがあり、「本当のコーヒーのおいしさをお伝えする」をコンセプトに農薬不使用豆『森のコーヒー』を販売。社長自らブラジル、コスタリカ、エチオピア、コロンビア、グアテマラと世界の生産農家と直接取引をし、生産現場を確かめ「これは」と思う豆のみを仕入れ自社工場で焙煎したコーヒー。

真にコーヒーを愛する

「真にコーヒーを愛する人たちに、真にコーヒーを愛する人がつくった豆をお届けする」コーヒーを愛する人をつなぐ架け橋となるカフェーパウリスタ。

ひろ

コーヒー好きは日本のコーヒーの祖を知らずして、パウリスタを飲まずして、コーヒーを語るのは、「ちょっと待って」と過去の自分に言いたい

ビター

コーヒーを広め、さらに本当においしいコーヒーを提供する日本で100年以上コーヒーをあつかう老舗の味ですから

今日も寄っていただきありがとうございます。日本のコーヒーの歴史の味をぜひあなたも。

every coffeeショップ


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