“コーヒー”とは何かという疑問

コーヒー専門誌「STANDART」第5号が届きました。開くと、最初が「“コーヒー”とは何かという疑問」という記事です。ぶっ込んできましたね。ブログのネタにしにくいなあ〜。では、過去の自分の経験的なことから「コーヒーとは何か」というとではじめてみます。

飲めなかったコーヒー

コーヒーなんて飲む家庭じゃなかったので、コーヒーといえば缶コーヒーでした。小学生の時「 ビーボより美味いのはビーボだけ」と書かれた自販機があったのを覚えているし、最初飲んだのは「ジョージア」だったと思う。大きくなって外食した時にセットで出されるコーヒーもおいしいとは思わなかった。カメラスタジオに入った20代の時、最初の仕事が社長にハンドドッリプのコーヒーを淹れることでした。自家焙煎店で買う時挽いてもらっていたので、初めて本格的なコーヒーを飲んだのはこの時でしたが、苦いとしか思わなかった。さらに取材先を回る度に出されるインスタントコーヒーで胃にもたれ、コーヒー嫌いになりました。5、6年前たまたまもらったドリップバッグを朝、飲んでみたら、飲めたし、集中力もよく、デザイン仕事をするのに「こりゃあいい」と思ったのがきっかけです。まさかこんなコーヒーブログを書くことになろうとは…。

やればやるほどおいしくなるコーヒー

ドリップバッグから、粉コーヒーをハンドドリップして、豆を挽いて、量と温度を計って、豆を焼いて、とやればやるほど、おいしくなる。いろんな豆があるし、いろんな淹れ方があるし、ちょっとした違いで味も変わるし、やればやるほど発見があり、おもしろい。漫画やゲーム、音楽、本、と一緒で、知れば知るほど、おもしろい。

単においしいからだけじゃないコーヒー

ハマればハマるほど「コーヒーって変な飲み物だよなあ」って思っていました。果実の中の種を取り出して、焼いて粉にして、お湯に溶け出させて飲むという非常に手間がかかる飲み物です。誰がどうやってやりだしたんだろう?と思いを馳せたこともありました。何百年にわたり世界中で飲まれているということは、人間の本能的に好きな何かがあるんだと思います。私にとって「コーヒーとは何か?」は「人間とは何か?」でもあるし「人生とは何か?」「生活とは何か?」「おいしいとは何か?」「好きとは何か?」というように、思考の幅を伸ばしたり縮めたりできる「思考の遊び道具」という事もいえます。

“コーヒー”とは何かという疑問

では「STANDART」の記事からざっと記事を紹介すると、人類学の博士課程に在籍するライターが物質文化研究という視点で始まります。

物質文化研究とは、モノやその特性、構成材料を通して文化の物質的側面について考え、それが社会生活におけるモノの使用や体験にどのような意味合いを持つかを考えるものだと。

で、コーヒーは人と人の交流において大きな役割を果たしており、コーヒーが消費される場所もまた、重要な社交の場として認識されている、と。

次に、コーヒーは物質としてコーヒーの豆、粉、水に溶け出した液体となっても、コーヒーの本質の事物性を保ち続ける、と。

さらに、コーヒーは生産、流通、加工、提供その課程で、時間と空間のその様々によって1杯のコーヒーに意味がつけ加えられて、価値となる。

そして、私たちは「コーヒーを飲みに行こう」「コーヒーが飲みたい」と口にするとき、物質としてのコーヒーとは違うコーヒーの“本質”のようなものを指して、コーヒーと言っている。コーヒーは多くの疑問と答えを投げかけてくれる興味深い飲み物であり、この世界の不思議な性質について考えさせてくれるものでもあります。と最後しめくくられています。


ということで、最後はだいたい同じような着地点かな。たぶん。
今日も寄っていただき、ありがとうございます。しかし「STANDART」掘り下げて来るなあ。

every coffeeの掘り出し市


オリジナルコースター、自家焙煎豆、1点もの雑貨、レアものデッドストックなど